原発避難は終わっていない ―私たちはここにいます

東京電力福島第一原子力発電所原発事故から来月で10年になります。
もう原発事故があったことさえ忘れられているかもしれません。原発事故による被ばくを避けるために、福島県からだけではなく東日本各地から多くの人々が避難したこと、今も私たちは避難していることは忘れないでください。

この文章は2019年秋に『やまぐちの自治』誌から依頼され寄稿したものです。ご一読いただければ幸いです。

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★転載自由ですが、引用は下記の通りに記載をお願いします。
◎『やまぐちの自治』通巻126号、山口県地方自治研究所、2019年11月号

原発避難は終わっていない―私たちはここにいます

                   浅野 容子(山口県避難移住者の会代表) 


はじめに
   

 東京オリンピック開催まで一年を切りました。政府はこのオリンピックを「東日本大震災で被災された方々に勇気と希望を与えるものと確信、力強く復興している 我が国の姿を世界に発信する絶好の機会」(復興庁2013年9月13日)と発表してい ますが、原発避難者にとってはどこか遠くの国の話としか思えません。

 2011年3月11日に発災した東日本大震災、そして東京電力福島第一原子力発電所の核事故から8年半が過ぎました。私が当時住んでいた双葉郡葛尾村は2011年4月22日に「計画的避難区域」と「帰還困難区域」に指定され、住民は避難を余儀なくされました。その後、2016年6月に村の「計画的避難区域」の指示は解除されましたが、戻って住める状況にはないと私たち夫婦は判断し、今も避難を継続しています。我が家の原発避難は終わっていません。  

   

原発避難、我が家の場合  

 転勤族だった私たち夫婦は、子どもたちや孫たちがいつでも帰ってこられるふるさとを求めて、阿武隈山系の美しい雑木林に囲まれた福島県双葉郡葛尾村に移り住みました。2003年に早期退職した夫は郡山に第二の職場を得、葛尾村に週末通いながら三年かけてこつこつとほぼ自力でログハウスを建てました。ここに私が千葉県から越したのが2006年3月でした。畑を耕したり、鶏を飼ったり、里山ののどかな暮らしは原発事故で一変しました。(図1)  

  3月12日夕方、政府による避難指示の対象が原発から20キロ圏内に拡大し、30キロ圏内は屋内退避地域とされました。木造の我が家は福島第一原発から32キロメートルの山中にあり、飲料水は山の沢水を浅井戸から汲みあげています。チェルノブイリ原発事故時の放射能汚染の記憶があり、屋内退避は続けられない、テレビで発表された政府発表に実はまずいことになっているのではないかと直感し、とりあえずの荷物だけを車に積み山を下り郡山に向かいました。     

 避難所に着いた私たちを待ち受けていたのは、双葉郡からの避難者に対するガイガーカウンター放射線量を測定する機器の一種)によるスクリーニング検査でした。緊迫した雰囲気の中、除染が必要だと別の場所へ移された人たちもいました。原発が実は大変な状況になっていたことを肌で感じ、長年住民に対して原発は安全だと繰り返していたのはなんだったのかと、政府に対し不信感と怒りを覚えました。その夜から3日間、郡山市内の高校の体育館で過ごしました。     

 「原発は安全だと言われて信じていたのに…」という声が館内のあちこちから聞こえました。原発の地元、双葉町のメインストリートには「原子力 明るい未来のエネルギー」という標語が40年もの間掲げられていたのですから無理もありません。3月14日の3号機の爆発のニュースは体育館内に一台あったラジオで聞きました。他に情報源もなく不安が募るなか、在米の長女とようやく電話がつながり、在日米人には原発から80キロメートル以上退避するように本国から通達がでていることを知りました(郡山市原発から60キロメートル)。さらに遠くへの避難を考えましたが、当時、郡山市内にはガソリンの在庫がなく留まるしかありませんでした。その後、次女がいる静岡県に一時避難、郡山市内での二度の引越しを経て、6月末に私の実家のある山口県に避難してきました。  

   福島の山間部とはまったく違う環境で一から暮らしを立て直さなければいけないしんどさがあり、夫婦二人だけの年金生活とはいえ生活の場を失い今後の生活再建をどうしたらよいのかと、避難後一年は眠れず、重苦しい気分で原発事故の情報をインターネットで探る日々でした。  

   葛尾村の広い青空、緑濃いあぶくまの山々、懐かしく思い出す村の風景も色を失い、灰色一色のように感じられました。国による除染は家の周り20メートルの範囲だけで、すぐ裏手の雑木林は除染されないままです。我が家は標高約1000メートルの日山(福島県二本松市葛尾村の境界にそびえる山)中腹にありますが、尾根の向こう側は汚染が酷かった浪江町津島地区です。ここに戻って以前のような土に親しんだ暮らしをおくることはできません。ましてや子どもたち、孫たちを呼びよせることは無理です。原発の状況や政府、福島県東京電力の姿勢、対応、どれを見ても、もう311以前の状態には戻れない、福島には戻れないという決断しかありませんでした。こちらで新しくやり直そうと気持ちを切り替え、山口県内の空き家バンクを頼りに日本の原風景のような場所を探し求め阿武町に落ち着いたのは、2012年春のことでした。 

 

原発避難者とはだれか  

 原発の過酷事故=核物質の拡散汚染が東日本に広く拡がったため、我が家のような政府による避難指示区域からの避難者だけでなく、それ以外の福島県内の地域から、さらには東日本各地から、無用な被ばくによる健康被害を避けたいと多くの方々が避難しました。山口県避難移住者の会のメーリングリスト登録会員は十数名ですが、避難元は福島県群馬県、東京都、神奈川県、千葉県など広範囲にわたっています。

 復興庁の統計によれば、全国の避難者数は約5万人、福島県から山口県への避難者は83名となっています(2019年8月末)。ところが、これは東日本大震災関連の避難者数です。政府が「原発事故避難者」の定義を行なわず、集計は都道府県の裁量によっているため、避難指示区域以外の福島県や東日本各地からの避難者の実数の把握は困難になっています。原発事故避難者の定義が行われなかったということは、人数も数えられず、実態把握も行われず、生活再建や支援に必要な政策も不十分なまま8年半が過ぎたということです。  

  この間、2012年6月には原発事故被災者の生活支援をうたった「原発事故子ども・被災者支援法」が議員立法により成立しました。これは被災者の定住、移住、帰還の選択を尊重し、支援地域を「福島」に限らず「一定の基準以上の放射線量」により設定するなど画期的ともいえる理念が基本となっていました。ところが、政府が定めた「基本方針」は放射線量の一定の基準を無視したため、避難者の支援よりも福島への帰還を促す支援策となってしまいました。   

   

国連人権理事会の勧告   

 事故当日発令された原子力緊急事態宣言は今も解除されないままです。事故前の平常時、一般公衆の被ばく量限度は年間1ミリシーベルト以下に定められていましたが(目標値はゼロです)、緊急事態となったために年間被ばく量の上限は20ミリシーベルト以下に緩和されました。

 避難指示解除の基準も年間20ミリシーベルト以下のまま、福島県への帰還政策がすすめられています。政府は20ミリシーベルトという数字は健康上大きな問題はないとしていますが、これは仕事として放射線を取り扱う人を対象とした年間許容量の上限です。低線量内部被ばくによる健康被害は一切考慮されていません。これを、放射線への感受性が高いとされる子どもに適用することは到底許されるものではありません。   

 憲法第25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定されている生存権は避難した私たちにも保障されているはずですが、無用な被ばくは避けたいという私たち避難者の声は無視されてきました。年間被ばく限度を国際法・国内法で定める1ミリシーベルトに戻し、福島の人々の健康に対する権利を尊重せよという声は、国外からも聞こえてきます。 

 国連には「国内避難民(IDP)に関する指導原則」と呼ばれる人道や人権に関する国際的な枠組みがあります。原発避難者は国境こそ越えていないものの、災害などによりもともと住んでいた土地に戻れなくなってしまった国内避難民(IDP=internal displaced persons)とされ、政府にはIDPを保護する義務があります。避難者は「生活や安全、自由や健康を害するような形で帰還、移住を促進、または強制されることがあってはならない」とされています。ところが、政府の対応はこの指導原則に反しているばかりか、国連人権理事会による度重なる勧告も無視し、住宅支援を打ち切るなど避難者を切り捨てているのが現状です。

 

やっていいことなんでしょうか!―家賃2倍請求、提訴 

 住宅は「健康で文化的な生活」をおくるうえで基礎となるものです。震災後、多くの自治体が災害救助法に基づき被災者に公営住宅を提供、福島県も県内の区域外避難者に対する公的支援策として家賃を免除してきました。ところが、県は2017年度末の住宅支援打ち切りを決定、この決定に対し避難当事者や支援者団体からの抗議が相次ぎました。震災後に情報が飛びかう中で首尾よく避難先を探しだし避難できたとしても、最低限の住宅保障でさえ避難先の自治体の判断次第という現状では、原発避難を長く続けることは困難です。

 政府や福島県は避難者に自立を促し、避難元の福島県が避難している県民を提訴し追い出そうとする事態も生じています。福島県は東京都内の国家公務員宿舎に入居 している避難者5世帯に対し、病気などで転居が難しい方々の実態把握も行わないまま、2019年3月末での退去を通告、退去しない場合は2倍の家賃を請求するという厳しい選択を迫ってきたのです。この原発避難者追い出し訴訟議案は2019年10月3日の福島県議会本会議で賛成多数により可決されてしまいました。

 「やっていいことなんでしょうか!」、これは県との交渉の場で支援者から発せられた憤りの言葉です。国は「災害救助法の実施主体は地方自治体の首長なので、(県の住宅支援打ち切りについて)国がどうこう言える立場にない」といいます。しかし、この県の決定の背景に「期限を定めたほうが説得しやすい」という国の意向があったことは情報開示請求により明らかになっています。国策により造られた原発が過酷な事故を起こし放射能汚染が広がったため、無用な被ばくを避けようとしたから避難したのです。困難な状況におかれた避難者を救うべきは、原発事故の加害者である国の責任ではないでしょうか。

 2020年3月末には、大熊町双葉町を除く帰還困難区域からの避難者に対する住宅提供も打ち切られることになっています。政府や福島県は2020年には避難者はゼロになると国内外にアピールしているように思えます。 

    

国は住民を守らない

 避難当事者となって8年半、国は住民を守らないということを学びました。 これは避難者の住宅支援の問題にとどまりません。国や福島県は汚染状況の調査も行わず、放射性物質の健康への影響も否定してきました。福島県県民健康調査によると、2019年3月までに甲状腺がんの悪性ないし悪性の疑いがあると診断された人は218名にのぼります。「県民健康調査」検討委員会は「(この結果に)原発事故の影響は考えにくい」と報告していますが、なぜ「被ばくとの関係がない」と断定できるのか、検討委員会内部からも疑問が出されています。

 原発事故により環境に放出された放射性物質は今も東日本を広範囲に汚染し続けています。放射性物質は拡散させず集中管理することが原則です。ところが、国は集められた汚染水や除染土を再び環境中に放出しようとしています。汚染水の海洋放出や除染でできた汚染土の公共事業への再利用などを認めてしまえば、日本中だけでなく、世界の海洋にも汚染が広がるでしょう。

   原発事故後の早い時期から、責任逃れ、情報の隠ぺい、被害者の分断など、水俣病問題と福島原発被害の共通点が指摘されてきました。残念ながら、この指摘は正しかったようです。当事者に必要な情報を「調べない、知らせない、助けない」、これが国の姿勢です。

  
おわりに  

 2019年9月19日、東京地裁では原発事故を巡り業務上過失致死傷罪で強制起訴された刑事裁判で、東京電力・旧経営陣三人全員が無罪という驚くべき判決が下されました。これに先立つ9月17日、避難者集団訴訟東京電力福島第一原発事故に伴い、福島県から群馬県に避難した住民が東電と国に損害賠償を求めた群馬訴訟・控訴審)において、被告である国は、避難の継続は「自主的避難等対象区域に居住する住民の心情を害し、ひいては我が国の国土に対する不当な評価となるもので容認できない」と述べた準備書面を提出、原発避難を真っ向から否定しました。

 このように、原発事故をなかったことにしようとする力はますます大きくなっていますが、それに抗う避難者の声は小さくとも消えることはありません。各地に散らばった避難者はつながりあい、力づけあいながら声をあげています。私も参加している「『避難の権利』」を求める全国避難者の会」は、私たちの基本的な人権でもある「避難の権利」、「被ばくなき居住」、「貧困なき避難」を求めて活動を続けています。

 原発事故当時、原子力委員会委員長は福島第一原発から半径250キロメートル圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討したそうです。半径250キロメートル圏はチェルノブイリ原発事故において避難が必要であるとされた基準でした。全国にある原発54基から半径250キロメートルの避難範囲を描いてみると、北海道東部を除いた日本のほぼ全域が避難区域となってしまいます。原発の過酷な事故が起こってしまった今、もう福島だけの話ではなく、誰もが原発避難の当事者となり得るということです。
(図2)

 原発事故の記憶の風化も懸念されます。私たちのような原発避難者を再び出さないために、どうぞ各地の原発避難者の声に耳を傾けてください。

「私たちはここにいます」

(図1)

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葛尾村の自宅

   (図2)

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原発から250㎞

 

「原発事故の影響を受けたすべての人たちに~被災地のメンタルヘルス~」蟻塚亨二先生講演会

南相馬市で精神医療に取り組む蟻塚亨二先生の講演会動画『原発事故の影響を受けたすべての人たちに~被災地のメンタルヘルス』が公開されています。

原発事故の影響を受けたすべての人たち、原発避難を経験したわたしたち、皆さんに聞いて頂きたい。 震災後10年というけれど、 避難者にとっては何も変わっっていないし、終わってはいない。 もっともっと悲しんでいい。 もっともっと怒っていい。 生きていることが素晴らしいと。 原発避難の経験を気兼ねなく話し共有できる場が大事とも仰っています。 

当会もコロナ禍でなかなか交流会開催もままならない日々ですが、リアルな場で 再開できるまでは  zoomを試したりしていますので、ご参加ください。

youtu.be

オンラインセミナー:10年目の福島(6) - 原発事故避難者の生活は?ー新潟県による検証が明らかにしたもの

オンラインセミナー:10年目の福島(6)
- 原発事故避難者の生活は?ー新潟県による検証が明らかにしたもの

FOEのサイトより転載
2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに続く東電福島第一原発事故からまもなく10年。事故は、自然のめぐみとともにあった人々の暮らし、生きがいやコミュニティ、家族との大切な時間を人々から奪いました。事故は今も収束していません。


福島第一原発事故に関して、県独自の検証を行っている新潟県。このたび、事故が住民の生活にもたらした影響などに関して、「生活分科会」が報告書を取りまとめました。
長引く避難生活、「喪失」や「分断」、仕事や生きがい、人間関係の喪失など、多岐にわたる避難者の苦しみや孤立感について、実態を踏まえて検証し、提言を行っています。
このたび、報告書のとりまとめにあたった、分科会座長の松井克浩さん(新潟大教授)をお招きし、検証の内容についてお話しをいただきます。また、福島から新潟に避難した方からもお話しを伺います。

日時:2021年2月23日(火・祝)14:00~16:00

Zoomを使用したオンライン・セミナーです。
参加申し込みは以下よりお申込みください。
https://www.foejapan.org/event/event_form.html
※マイク・スピーカー機能のついたPCもしくはスマホタブレットが必要です。
※前日の18:00までに、メールにてzoom会議参加用のリンクと説明をお送りします。
YouTubeによる中継を行います。

www.foejapan.org





勉強会ご案内  「原発事故避難者の PTSD ─人ひとりの311─」311 スタディーズ studies vol.13

岡山を拠点に避難者支援を行ってきた「社団法人ほっと岡山」が企画する連続勉強会 311 スタディーズ studies vol.13をご案内します。
今回は会場のほかにどこからでも参加できるYoutube 限定配信もありますので、ぜひご参加ください。(youtube限定配信には事前申し込みが必要です。詳細は下記をご覧ください)
****以下、Facebook「ほっと岡山」より転載*************
原発事故避難者の PTSD ─人ひとりの311─」 
 災害や大事故、戦争や犯罪など、生命の危険性が高い出来事に伴うストレス障害心的外傷後ストレス障害PTSD)。原発避難者の発症リスクを調べた調査では、他の災害に比べ、精神的影響が高い結果がでています。経済的な困難、仕事、家族、人間関係。ふるさとの喪失や分断。孤立。事故のトラウマそのもの以外にも様々な要因があげられます。精神的なケアに注目されることが多いPTSDですが、根底にあるさまざまな社会的要因を理解し、解決の糸口をみなさんと探る学びの機会にします。
日 時:2021 年 2 月 13 日(土)15:00-17:45(14:30 開場) 
参加費: 無料
参加方法 :来場(岡山市)またはYouTube限定配信
YouTube限定配信希望の方には、お申込み後メールアドレスへYouTubeのアドレスをお送りします。
定 員:YouTubeに定員はありません。
締 切:2021年1月30日(日)
お申込・お問合せ:
WEBフォーム・電話・FAX・メールにて、一般社団法人ほっと岡山までお申し込みください。
電 話: 070‒5670‒5676(月~金/10~17時)
F A X:086‒230‒4561
メール: hotokayama@gmail.com
U R L :https://forms.gle/BjnGh17iDn6e1uNG7 

講師:蟻塚亮二先生
精神科医福島県相馬市「メンタルクリニックなごみ」院長)
プロフィール:
1947 年福井県生まれ。72 年弘前大学医学部卒業。2004 年から 13 年まで沖縄県那覇市の沖縄協同病院などに勤務。同年 4 月より福島県相馬市 へ移住しメンタルクリニックなごみ院長として原発事故による「遅発性 PTSD」 とむきあう。著書に『沖縄戦と心の傷 トラウマ診療の現場から』(岩波書店) /『3・11と心の災害— 福島にみるストレス症候群』共著(大月書店)/『「助 けて」が言えない』(松本俊彦編、日本評論社)/『戦争とこころ』(沖縄戦・精 神保健研究会編、沖縄タイムス)/「闘うことは生きること ~原発事故避難者 の PTSD」(雑誌『世界』20 年 1 月号所収)など
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主 催:一般社団法人ほっと岡山
令和2年度福島県県外避難者帰還・生活再建支援補助金
詳細は次のPDFよりご覧ください。
 
 
 
 
 

「みなさんの声を、お聞かせください」voice from 3.11

匿名で投稿できます。皆さんの思いを書いてみてください。

以下、サイトより転載、

『みんなの声 VOICE from 311~3.11から10年わたしたちの思いと願い』


みなさんの声を、お聞かせください
これまでの10年、これからの10年。今、どのような思いでいますか。
被災された方、避難を余儀なくされた方、その人々を支えてきた方の声を募集しています。
集めた声は「一人ひとりのことば」として広く伝えていきたいと思います。
そして、その言葉から大切なことを紡ぎ出し、次の世代へとつなげていきたいと思います。
いま、各々の立場で感じられている気持ちを自由に発信してください。

本企画は、社会的節目となる震災10年を機に、一人ひとりの暮らしの再建や復興に向けた取り組みの中で、被災された方、避難を余儀なくされた方、その人々を支える支援者など、私たちが経験して気がついたことや大切にしてきた「それぞれの言葉」を集め、社会に広く伝えていきます。また、その言葉を後世に残すアーカイブ化を図ります。

voicefrom311.net

院内&オンライン学習会:原発事故から10年 新型コロナ災害下の避難者の暮らしと心の不安~

原発事故から10年 新型コロナ災害下の避難者の暮らしと心の不安
https://forms.gle/Sr6aCtnxwCz9CneQ9

12月3日(木)14:00~17:00 オンラインでも参加できます
お話 新潟県精神保健福祉協会 田村啓子さん他
申込み https://forms.gle/Sr6aCtnxwCz9CneQ9

原発事故の始まりから10年を迎えようとしています。新型コロナウィルス感染症の影響により、休業や失業によって、生活費が底をつき、一気に生活が立ち行かなくなる人が急増するなかで、原発事故避難者にも様々な影響が及んでいるようです。

避難の協同センター含む3団体が取り組んだ「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」では、コロナ災害によって「家賃支払いが厳しくなった。」「相談できる人がいない」など追い詰められている実態が明らかになっています。

新潟県の「原発事故に関する3つの検証委員会」の、健康と生活への影響について検証する分科会でも、生活の再建を進めた人もいる一方で、長期の避難により家族や友人などとの関係が希薄になり孤独を感じている人が多い、また、長期の避難で生活の見通しが立たない中、中学生や高校生の中には進学や就職について不安を感じる人が少なくない、長期的な支援が必要と指摘されています。

院内集会では、原発事故の始まりから10年を迎えようとする今、原発事故避難者の苦しみと、今後の生活保障や継続的な支援の方向性を考えます。オンライン(Zoom)での参加も可能です。

来場・オンラインいずれの場合も以下からお申し込み下さい
https://forms.gle/Sr6aCtnxwCz9CneQ9

日 時:12月3日(木)14:00~17:00
場 所:衆議院第一議員会館第4会議室(定員42名)

◆「暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」から見えてきた課題
避難の協同センター 瀬戸大作さん 熊本美彌子さん

原発事故から10年を迎える広域避難者の現状について~新潟県における支援活
動から見えてきたもの~ 新潟県精神保健福祉協会 田村啓子さん

◆オンライン参加の全国の避難者、会場参加者と今後の避難者支援を考える討論

◆国会議員・避難当事者との懇談会 16:00~17:00

主 催:避難の協同センター
協 力:ひだんれん(原発事故被害者団体連絡会)
   「避難の権利」を求める全国避難者の会

問合せ:瀬戸(避難の協同センター事務局)
メール:setodaisaku7@gmail.com 電話:090-1437-3502

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「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」のまとめと分析、提言

5 月 26 日から 8 月 31 日にかけてオンラインで実施された「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」では、福島県以外からの避難者も含む 95 人から回答があったそうです。

アンケート結果と福島県と国に提出される「原発事故避難者の生活保障に向けた緊急提言」について、アンケート共催団体の「避難の権利」を求める全国避難者の会のサイトから、以下に転載します。

転載ここから
コロナ災害下、原発事故避難者にも様々な影響が及んでいるのではないかとの危機感から、ひだんれん、「避難の権利」を求める全国避難者の会、避難の協同センターの 3 団体は「新型コロナ災害下における原発事故避難者の暮らしと住まいの不安に関する緊急アンケート調査」に取り組み、合わせて緊急相談フォームを開設し、必要な方に緊急支援を行いました。

5 月 26 日から 8 月 31 日にかけてオンラインで実施した調査に、福島県以外からの避難者も含む 95 人から回答がありました。

今後も緊急に支援を必要とする方が潜在している可能性を考慮し、今までのアンケートと同じURLにて「緊急相談フォーム」として3団体にて窓口を継続しています。 (このホームページトップの赤いボタンからも下記リンクからもアクセスできます)https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfgSpK79DxSsb6fEmBngon7R0HgWVDeYQXnom41PFTMv_5noQ/viewform

限られた数の回答ではありましたが、少ない声の中からでも、非正規雇用や不安定就労が多く限られた収入しかないこと、単身世帯は公営住宅に入居できないこと、民間賃貸の入居者が特に家計が逼迫しているなど、原発事故避難者の窮状が垣間見えました。原発事故避難者が、現在でも厳しい生活状況におかれ、コロナ災害がさらに追い打ちをかけていることが読み取れるアンケート調査から、国と福島県に提言を提出します。

下記リンクから、アンケートのまとめと分析、緊急提言の全文を御覧いただけます。

https://drive.google.com/file/d/16O1yAoXrpKx_-uS21gyUyp9KGSgzO99-/view?usp=sharing

原発事故避難者の生活保障に向けた緊急提言

1.避難者の緊急実態調査と福祉・民間連携による生活困窮者の早期発見と支援をおこなうこと

私たちはこれまでも繰り返し原発事故避難者の実態調査を実施するよう国・県に求めてきた。しかし今もって、福島県からの避難者にも福島県以外からの避難者にも包括的な実態調査は一度も実施されていない。コロナ災害における避難者の窮状は今回のアンケート調査にも表われている。復興支援員の戸別訪問休止中の孤独死も発生している。

国と福島県が、全国広域に散らばり多様な困難の中にある避難者の実態調査を早急に実施し、避難先自治体の行政職員、社会福祉協議会職員、民間支援団体との連携、戸別訪問等により、生活困窮者を早期に発見して必要な生活支援をおこなうことを求める。合わせて避難者の生活相談ダイヤルを設置すると共に相談内容統計も公表することを求める。

2.住宅支援を再開し継続すること

住居は人間の生活を支える基盤である。アンケート調査でもコロナ災害によって追い詰められている実態が明らかになった。特に民間賃貸住宅に居住する避難者の家賃負担が増している。

国と福島県が、家賃補助を再開し、公営住宅への特定入居と単身世帯でも入居できるよう入居要件を緩和することを求める。さらに民間住宅を公営住宅とみなして入居できるようにする等の諸施策を早急に求める。

3.医療・介護保険等の保険料・窓口負担(利用者負担)の減免措置の打ち切り・縮減を行わず、減免措置を継続すること。対象地域を拡大すること。

医療・介護保険等の保険料・窓口負担(一部負担金)の減免措置は、文字通り困窮世帯の命綱となっている。今回のアンケート調査からも、原発事故の影響が長期化し、コロナ災害が追い打ちをかける状況にあり、減免措置の打ち切り・縮減が即座に生命の問題に関わることは明白である。
  国は、来年3月に減免措置の見直しを行うとしているが、減免措置の打ち切り・縮減を行わず、減免措置を継続するよう求める。また対象地域を拡大するよう求める。

転載ここまで

 

hinannokenri.com